ランリーマン第3話

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洗礼

今まで関西でしか暮らしたことがなかった私には異国の地だった金沢に引っ越したのは2010年8月の事だった。

引っ越した初日の夜。

息子を寝かしつけ、床に就いた。

ゴンゴンゴーン!

ゴンゴンゴンゴン。

何やら外から音がする。

夏まつりの時期だから近くでお祭りしてるのだろうと、疲れていたのでそのまま落ちるように寝てしまった。

翌日、会社の先輩と話していると、

「昨日の雷やばかったな。」

と先輩達が盛り上がっていた。

本気でそれまで夏まつりと思っていた太鼓の音は雷だったらしい。雨は降っていなかった。

関西では珍しい雷も金沢ではしょっちゅう鳴っている。

北陸の洗礼というやつだ。

関西で言う曇りが北陸の晴れなのである。

赴任して暫くは仕事を覚える為、一心不乱に働いた。

唯一の息抜きは会社のメンバーで始めたフットサルだった。仕事にもなれ、時間が作れるようになった頃、夜の10時から12時まで毎週木曜日はフットサルの日だった。

それだけでは飽き足らず、別の日はボルダリングを始めたが、一年程で左手甲を痛めて辞めてしまった。

これは、未だに痛むことがある。

金沢の冬

北陸の洗礼と言えば、もう一つある。

初めての冬が最も強烈な寒波だった。

朝起きて外を見ると置いてあったはずの車がないのである。

急いで降りると、こんもり車の形に雪が山を形成していた。

これが、北陸の洗礼だ。

(雪掻きを終えて撮影した写真。)

見て貰えばわかるようにタイヤが半分埋まっている。

フットサル

そうこうする間に、数年が経っていた。

仕事には随分慣れて、私にも後輩が出来ていた。

派遣社員から正社員にもなっていた。

ちょうどそんな時、Kさんが中途採用で入社してきた。彼は他メーカーからの転職組でスーパー運動大好き人間であった。

同じ地域を担当したこともあり、Kさんとはよく話をした。

元サッカー部で社会人になってからもサッカーチームに入って続けてるという。

「伊藤さん!フットサルやりましょうよ!」

Kさんは年上だが入社が後なのでお互いに敬語で話す変な関係だ。

運動不足だった私はこういう人を探していた。

「やりましょう!」

早速同僚達をかき集めチームを作った。ユニフォームも作ったし、違うチームに混ぜてもらってリーグ戦にも申し込んだ。

リーグ戦の初戦、まだ走れると思っていたが前半だけで足が痙攣を起こし後半は足が動かなかった。

2試合目はもはや動けない。

「くそぉ。こんなはずでは。」

私は、自分の情けなさに落胆したと同時に体力作りに励む事を決意した。

金沢の冬は外でランニングはできない。

スポーツセンターのプールに夜な夜な通う事にした。

こう見えても水泳は経験者である。

無限に泳げると小学生の頃は思っていたほどだ。

その勢いで泳ぎ出すと200mで肩が重くなり500mで下半身が沈み出した。

「これが30代の洗礼か。」

それ以降、夜は家に帰る前にスポーツセンターで泳いだ。

通うたびに泳げる距離は伸びていく。これが、また楽しくなってくる。たった1週間で1km泳げるまでに戻っていた。

暫く続けるとフットサルをしても息が上がらなくなっていくが、足がついてこないのは変わらない。

マラソンとの出会い

Kさんが話かけてきた。

「伊藤さん!今度能登万葉の里マラソンがあるんで一緒に出ましょうよ!エントリーは一緒にしときますんで!」

「マジっすか!良いですね!出ましょう!」

二つ返事でフル挑戦が決まった。

内心、フットサルの為に足を鍛えたいと思っていた。ランニングしたいけど、外は寒いしそこまでしなくても。という気持ちが強かったが、これは良いきっかけだと喜んだ。

みんなと一緒に出ることになった大会は3月。

ランリーマン誕生!

ラン二ングは2014年1月20日に始動した。

初めて走ったのは、ボルダリングに向かうまでの道だった。

5kmを往復したが、余裕だった。

「まぁこれなら、フルも走れるでしょ」

安易な考えだったが、練習にも抜かりはなかった。

ランニングを始めて10日間で100km走った。

このままフルマラソンまで行けそうだと思っていた。

しかし、世の中そんなに甘くない。

ランニングなんてチョロいと調子に乗っていた私に後日とんでもない天罰が下るのであった。

ランリーマン第4話

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